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夏も終わり頃になると毎年、シュウメイ菊が自宅の玄関脇に咲いてくれた。
日当たりの悪い環境が適してたのか、毎年どんどん株の大きさが大きくなり初秋のころは
みごとな花を咲かしてくれた。
我が家を建てたとき玄関脇の軒先を土を残して、
土盛りをし、園芸が出来るようにした
やがて子供も大きくなり、家族の持つ車が増えて駐車場に困るようになり
なくなくその軒先の小さな庭はコンクリートで固めることになりi
我が家からはシュウメイギクが消えてしまった。
もてなしの部屋でシュウメイギクは質素ながら
得々の華やかさを演出してくれる。
このはなに似合う花器は古銅の鶴首以外に考えられない
露の前になると
沢地や比較的山沿いの田んぼの近くによく、この花が目立つようになる
花の時期には背丈も大きなり2メートル近くになるのも珍しくない
そばに近づきよく見ていると、花アブや蜂の類が蜜を集めに
来ている。
名前の語源は定かでない、一説によると山に食べ物がなくなる時期に
いのししがよく根を掘りに来て食べているからだと
ともいわれている。
一度だけ、お店に持ち込んで大きな甕に活けてみたが
バランスをとるのが難しく、翌日には止めてしまった事がある
このはなは本当に野にある方がいい
花の少ない時期に見かけると採取して活けたい衝動に
駆られるが、難しい事をそのたびに想いだし
やめておこうといつもおもう
春先に山を歩くと、
沢沿いに光沢の有る大きな葉が目に付く。
植物に詳しい友人はこれが「ウバユリ」だと教えてくれた
意外なことに食べられるという。
葉の姿はまことに美味しそうな感じがするが
私は食べたことはない、又食べた話も聞いたことがない。
さてこのウバとはどのような意味があり、どう書くのだろう
乳母なのか姥なのか謎が残る。姥だとしたらなんと不名誉なことか
初夏には、あの光沢の有る葉が消えてしまい花だけが咲く。
「歯がないのに女の色香が残っている」
そんなところから名付けられたとも言われています
考古学をしている友人はこの根が実は縄文時代から
近世まで重要な食料だったと話していた。
いったいどんな味がするのだろうか
そう聞くとますます食べてみたくなる。
会津の里山の沢地にそろそろ咲き始める
、
何年か前の初夏のある日、お世話になった方の見舞いに行った
時、ベットの窓辺近くの外の傾斜地に葉を茂らせて
咲く白い花は何だろうとおもった。
花木や野草に詳しい友人は「あれはサワフタギ」だと教えてくれた
この何気ない傾斜地の自然の移ろいがどれだけ慰めてくれているかを
静かに語った、その人ももうこの世の人ではなくなった。
春の華やかな花の時期が過ぎ、新緑が深まる頃
になると、目立たない白い花が山野に増えてくる
この白い花の時期も、爽やかで たまらなく好きだ
よく見ていると会津盆地を取り囲む沢沿いに
名前のごとく、沢に蓋をするように咲いている
このを見ているといつもその人のことを想い出す。
秋に山にある美しいブルーの実を付けるのがあの
サワフタギとわかるまでに何年も時間を要した。
昔料亭をしていた時代、お客様との交信用に
使用していた葉書に、このサワフタギの絵があったが
それがこの花だとわかるまでに20年の時間が過ぎ去ってしまった
この十年位前から、会津の街路樹や公園、あるいは庭の木にこのハナミズキを
あちこちでみるようになった。
我が家の前のお宅にも植えられている
丈夫で生命力が強く育てやすいらしい
花は大正の頃に、アメリカに送られたソメイヨシノ
の返礼に贈られたものと言われています。
そんなところからかアメリカヤマボウシともよばれる
アメリカから来たときにヤマボウシに似てているところから
とりあえず付けられたらしい。
それがそのまま花の名前になってしまったのだという
意外なことに樹被には殺虫成分があるらしく
イギリスなどでは犬ののみの駆除につかわれていたという
この木は秋になると赤いきれいな実がなる
美味しそうなのだけれど、ヤマボウシのよ
うには食べられないらしい
写真。hitatinotono
お店の東側に大きな病院があり、その正面駐車場のわきに大きな栃の木がある。
このあたりは元お城の外堀、地下には大きな水脈があるらしく
掘ると1メートル少しで水が湧き出す。
昔の絵図をみると川がながれていてその川を外堀として活用していたらしい
栃は湿り気をを好むといわれています。
今頃になるとその大きな栃の木に、ツリー型の白い花が無数に咲く
秋には実をつけるが近くにいながら一度も拾ったことはない
奥会津では昭和初期まで、栃の実が重要な食料として命の継承に
重要な役割を果たしてきた
会津の山間部は区供物の生産性が低く、ほとんど米などは食べられなかったらしい
山の栃の木はそれぞれに所有者が決まり大切にされていたという。
すでに、栃は縄文時代から食べられていて、あく抜きの方法も知っていたという
花にはミツバチが集まる。
栃の木の花蜜はおいしく大切にされてきた
ここを通るたびに何時頃からあるかしわからないこの古木に
見入りながら夏の訪れを感じる、
この震災でお城の北側にある女子高の跡は
原子力発電所のある大熊町の臨時の役場として利用されることとなった。
この学校の跡の回りの垣根に多くの「ドウダンツツジ」が植えられていますが
そのドウダンツツジの白く小さな花が今満開で見ごろを迎えている。
このかわいい花、そういえばお店の中にもち込んだことがほとんどない
調べてみたら満天星躑躅と書くと初めて知った。
白い花が咲きほころぶさまを満天の星に
見立てたらしい。
秋になると、この紅葉が又とても美しい。季節の移り変わりは里山でなくても
こんなところでも感じさせてくれる。
せめて震災で避難している人たちの慰めに少しでもなればと願う
葺き替えられた、お城の赤がわらに
お城の周りに咲く花たちがとてもよく似合います
複雑な思いと不安で迎えた春は
瞬く間にサクラの時期が過ぎ、新緑の頃を迎えてしまった。
この時期の川面の風景はとても美しい
川柳、雪解けの青い水、何気ない風景のなかに
いつしか、私は未来に対する不安を忘れていた。
川柳はとても強い植物だといわれている
河川が氾濫し流されても、枝の一切れからでも再生し
よみがえるという、やがて石だらけの川面で根付き
春には美しい緑色で河川を覆おう
会津で生まれ、会津の四季と共に自分の命のときが流れ
やがて私もこの世にはいなくなる
川柳、青い水、残雪の飯豊連峰、美しい会津に、想いは深くなるばかりだ
この震災で多くの人が会津に逃れてきている
どこのふるさとにも自分を見守る美しい景色はあるはず
会津に避難している多くの人たちも自分の生まれた土地に
戻りたいと強く願っていることでしょう
そのことに想いを馳せると心が痛む
写真*hitatinotonoから
こんな春を迎えるとはだれが想像したでしょう
3月11日、あの日から数日後雪が降った
はらはらと舞ように降る雪は白い梅の花びらに似ている
この世の中に人がいなくなろうとも春はめぐり来るはずだ。
舞い降りるように降る雪を眺めながらそんな事を考えていた。
山の中のおじの家にひさしぶりにいったが、
家の前の小さな花壇に福寿草が春の日差しに輝いていた。
このはなは輝くという言葉が一番似つかわしいとさえ思う
辺りの雪はまだ解けていない。ここが一番日当たりがいいのだろう
福寿草は新春を愛でるめでたい花ではあるが
今年ほど複雑な想いで見たことはない
20数年も昔、友人と雪解けの奥会津を散策し
日当たりの良い土手にこのはなを見つけた喜びと
感激は忘れられない。
あれから20数年、その人たちも、
皆この世の人ではなくなってしまった。
料亭をしている時代、
お客様に様々な食前酒を出していた.
季節ごとにそれは変わり、春に一番人気があったのは
杏のお酒であった。初夏の頃、杏をたくさん頂いた
それを毎年焼酎に漬け込み、砂糖を加えてたくさん貯蔵した
1年もするとそれは香りの高い杏の酒が出来上がった、
いろんな花や果物をホワイトリカーに漬け込んで試したが
杏に勝るものはとうとう見つけられなかった。
杏は奈良時代かそれ以前に中国から伝わったという
原産地はヒマラヤ山脈だとも聞いたことがある。
長い時間を経て世界中に広がり、アメリカのカルホルニアが最大の産地だと
言われています。
写真を提供させていただきました。 hitatinotono
玄関の門の内側に咲いているヤブランが、今年も紫色の美しい花をつけた。
長い間お世話になった方が、病を経て久しぶりにお店に見えられた。
お店の路地にはその方が自分で 植えられたヤブランを眺めながら
綺麗だねと力弱く見ている.
そのヤブランを自分が移植したことすらも忘れている
時を経るという事はそういうことなのかもしれない
そういえば、ヤブランの野生種の群落を福島の郊外の
森で見たことがある。手入れもなされなくなった広葉樹林
が公園の近くまで迫り、日当たりが悪く薄暗いなかに紫色の花が異様に目立った、
おそらくそういう環境が好きなのだろう.
このはなも雪の多い会津の里山で目にすることはない
離れた場所から、花を愛でている私たちの周りで子供たちが
走り回っていたような記憶がある。あれは何年前のことだろうか
まだ子供が幼かった様な気がする。
キンレンカ(金蓮花)
夏になるとああもう少し早く鉢植えを作っておけばよかった
と思うのがこの花、先日も近所の美容院の前に大きなプランターに
植えられ見事に咲いていた。
もうだいぶ前になるがあるイタリアンレストランで
前菜のさらにこの花が飾られていた。
そこのシェフが食べられるのですよ、といわれたのが
最初の出会い、
我が家でも友人から苗を頂き食したこともある、
味はワサビやクレソンによく似ている感じがした。
別名にノウゼンハレン(凌霄葉蓮)ともいい
アメリカのベジタリアンの間では食べる薬として
重宝がられているらしい。
原産は地中海かと思っていたら、キンレンカ(金蓮花)は南米原産
だと知り驚いた。
この種の園芸花にはほどんど興味がなかったが
食べられると知り関心を寄せるようになった。
今頃になると、会津の高原にヨツバヒヨドリが
群落をなし咲き始める。荒地を好んで咲くこの花は
山肌を削り作り上げたスキー場の斜面などによく見られる.
ところはこの花の蜜を好んで集まる蝶がいることは以前にも
花日記のなかで書いたことがある。
アサギマダラといわれる蝶です。
先日、友人がこのアサギマダラの写真を送ってきた。
以前にもヨツバヒヨドリのことは書いたのですが
ヨツバヒヨドリの語源はなぞに満ちている。
一説には花を乾燥させたものがよく燃えるので火熾し材として
使われたからだという説があります。
人間が自然のなかでひっそりと暮らしていた時代
様々な知恵が生み出されたとしても不思議ではありません。
この写真を見ますと花の球塊がすでに白くなり始めています。
もう高原は秋の気配がしています。
アサギマダラが南西方向に向かい飛び立つのもまもなくのこと
遠く沖縄の離島まで旅が始まります。
*写真、oozeki
最後にこのはなを見たのは
もう十数年も前でしょうか、確か会津若松市内の山沿いのお寺の庭の池だったような気がする.
オゼコウホネは高山地帯の水辺を好んで繁殖する、
このお寺の池はおそらく地下からの湧き水の温度が低いらしく
環境が似ていたのでしょう。増えすぐて困ると
間引きされて抜かれた、オゼコウホネが池の傍らにおかれていた。
珍しい植物の好きな住職は、そのほかにもミツカシワや
様々な高山系の水辺の植物を移植しておられた。
それからはるか前に、私は尾瀬でこの花を見ている。水面に咲く、
黄色の花の蕾が異様なくらい美しく見えた。
花の名前も、花の茎が水辺に沈む「骨」に見えたから
というが、そうだとすると何と不名誉な名前なのでしょう
花の姿は、その名前とは裏腹に夏の高原の水辺に映えて
とても美しい
*追記オゼコウホネやミツカシワは、県の自然保護調査員の佐藤さんの話ですと
悲しいことにもう尾瀬では全滅に近いそうです。
梅雨が明けたのかどうか、定かでないな日が続いていますが
玄関の奥の」路地にこの時期、必ずヤマギボウシが咲いてくれる。
新潟のお客さんから数年前に鉢植えで戴いたものだ、
種が鉢からこぼれて翌年から、湿り気の多いつくばいのそばに
根を張り始めた。
お店ではあまり使わないが、会津では初夏の頃、
ウルイと呼ばれて山菜としてもよく食べられる、
味は淡白で粘りがあり、お浸しなどに向いている。
ヤマギボウシも種類がたくさんあるらしい、尾瀬で7月に
優しい花をつけるのがコバギボウシと呼ばれているもの
花の形が我が家のものよりキキョウに近い形をしている。
この花も日本からヨーロッパに渡り、改良されて様々な園芸種が生まれたと
言われています。洋の庭にも、和の庭にもよく似合います。
残念ながら花は一日花ということもありますが
茶花としてはまことに活けづらい
未熟な私にはどうも扱いが難しい