こんにちは
今日は私のようなものをお招きいただき大変恐縮しております。今日はわたしたちの祖先は何を食べてどのように「命の継承」をしてきたかということにつきましてその一部をお話させていただきます。
そもそも私が会津の古い時代の食事に興味をもったのにはきっかけがありました。それは会津の老舗にお店などに展示してある会津絵やあるいは鉄さび椀という漆器を見てからでした。
これらの会津の古い時代につくられた漆器の美しい器物にはいったいどのような料理がもられたのだろうか。
当時修行から帰ったばかりの私はそれらをみて、想像ばかりが夢見る如く膨らんでおりました。
こづゆや鰊だけではないはずだ。それが知りたいと思ったわけであります。調べ始めますとあちこちの資料館や旧家から出てくるわ、出てくるわぞくぞくと出てきたわけであります。
調査を続けておりますと。この分野ではまだ誰も手を出していない事にやがて気づきます。今だから申し上げられますけれど当時の食文化に関する歴史的認識はかなりいいかげんなものでした。
会津の鰊や棒だらの料理はあるのは京都守護職の時の影響だろうとか。何かそんな言い方致しますと、みんながなんとなく納得してしまう風潮がありました。
ところが古い時代の記録を調べますと、そこにはまったく予想もしない世界が展開しておりました。