| 03.親父の「お薦め」 12月29日 12:26 | コメント(0) |

- 群馬泉初絞り(親父大好き)

初絞り
昨年火災に会い蔵の酒つくりの再会を心配していた群馬の大田の酒蔵「群馬泉の初絞り」が出てきた。

籠太の創業以来売り続けてきた大好きな酒だ。酸が効いた奥深い味が何ともいえない、油のある魚や串焼きのような肉料理には誠に合う。

生意気かもしれないが、俺が感じるいい酒の条件に程よい酸という基準がある、この酸がくせものでなかなか程よい酸が効いた酒 、実はあるようでなかなか無い。

この手の酒は多くの蔵も、怖くて手が出せないのではなかろうか、巷には、うすにごりや淡雪などど似たような酒はたくさんあるが、ここまで大胆に酸を出すのは勇気がいるのではないだろうか。あるメーカの技術者は「怖くて市場に出せない」と言っていた。

会津の城下に今日初めてこの冬、雪が積もった。依然おじさん系の雑誌(名前忘れた・・)雪景色の似合う酒亭などど気恥ずかしい紹介をされた事があったが、雪の中の籠太「朝日山」の普通酒や神亀の純米の燗酒と、群馬泉の初絞りでブリ大根なんて如何かな?
「うまいぞ~}

| 04.親父の「食い意地紀行」 12月23日 15:42 | コメント(0) |

- モンテカッシーノ

モンテカッシーノ
アッシジをバスが出た後、そろそろ旅の疲れが出始めたのか、バスの中は全員といっていいほど皆が居眠りをしている。

7日間でイタリアを駆け巡る強行軍の旅行、ローマに向かう間眠れないで起きていたのは俺だけではなかったか。
 
夕刻バスがローマ市内に入り始めた頃。ようやく皆が起きはじめてきた。城壁に囲まれたこの古代都市に到着、最初にバチカンに向かう そのあとトレビの泉やスペイン広場などお決まりの観光コースをめぐる。

ローマには二泊の予定、 翌朝カプリ島に向かう参加者は、宿泊とは別の市内のホテルのロービーに集合した。

ここから「あささん」というカプリ在住の日本人がガイドについてくれた。運転手は「スキンヘッド」の背の高い強面のお兄さん、高速道路をナポリを目指して走り始めた。

トイレ休憩の時に左手の山に何か建物らしいものが見えていた。サービスエリアからその反対側の岩山の上に雲間から射し込む光の中に モンテカッシーノという修道院が見えてきた。

以前から、イタリアに来たら、この場所は見てみたいと願っていた。以前映画で見たことがあったからだ。バスのなかで、彼女がアメリカから来た退役軍人の老人の団体をこの修道院に案内した時の事を語ってくれた。

この山の麓では第2次世界大戦の時、 多くの日系アメリカ兵が戦死した。ここで戦った兵士だった老人が「此処に来るのはとても辛く悲しい」 と涙ながらに語ったという。

第2次世界大戦のイタリア戦線、ドイツ軍はここに強力なる防衛線を山脈沿いに築く。此処が破られればローマは陥落する。

守るほうも攻める方も必死、度重なる降伏勧告にもドイツ軍は応じない。戦闘が始まると共に、日系アメリカ兵の部隊はその最前線で戦った。

この岩山の上で朝日に、美しく輝きそびえる修道院は瓦礫の山と化し 麓には 死体の山が出来たとも言われている。俺には麓に赤く咲いていたひなげしが、まるでそのときの戦死者の血の色に見えた。
  


| 04.親父の「食い意地紀行」 12月10日 16:04 | コメント(0) |

- イタリア食い意地紀行14(フレンツェでの昼飯)

アッシジの町並み
聖堂を見学した後
私達はこの城壁都市の中にあるレストランへと向かう。
大勢の世界中から来る、カトリックの巡礼者を相手に石畳の中世の町のあちこちにお土産品を売る店が軒を並べている。

しかし店頭に派手な看板を出すわけでもなく、のぼり旗があるわけでもない。景観を壊すことなく、不思議な秩序が保たれてるように見える。

しばらくして上り坂の途中から階段を下りると、目立たない場所にレストラン看板が見えた。城壁にへばり付くような建物は天井が低く、店にはわたしたちの前にアメリカからの観光客が食事をしていた。
ヘンネ

イタリアの旅行中、此処での食事が一番良かった。1の皿にフェンネの地元の塩辛いソーセージと生クリーム会えたもの、2の皿に豚肉とジャガイモの煮物のようなものが出た。

素朴だけれどいづれも美味しかった。ここでもウンブリアのワインを注文(名前は残念ながら記憶に無い)。家族で経営しているらしく。質朴で親切な応対がとても気持ちよい 。

旅の後に、又行きたい所はこのアッシジだと強く印象に残った。レストランの窓からはウンブリアの平原が眺められ、窓から吹き込む初夏の風がとても心地よかった