| 01.親父の「ぼやき」 05月23日 09:36 | コメント(0) |

- 価格に価値がある時代(8)

アフロ
もう話してもいいだろう。
以前経営者団体の青年部で代表をしていた時に、市長との交流会に何度か参加した。

そのたびに市長が語る会津の未来像に「何てばかげた事を掲げているんだ」と思った。会津若松の人口は今の倍以上にしたい、所得は今より3割増やしたい。

ばら色の夢に誰も異論は挟まない。あるときに意見を求められたので市長さんにこんなご意見を申し上げた。

「人口が今の倍以上になれると本気でお思いですか?」「実態は逆ではないんでしょうか・・平成25年頃には会津の人口は7万人前後になるという予測をどうお思いでしょうか」

市長は白けた顔をして、周りの私に向けられた視線は冷たく、会場は興ざめといった雰囲気に包まれた。市長は翌年衆議院選挙に出馬し、市にはばら色の夢の借金が山のように残った。


又その会議でこんな事が話題になった。そこに参加していた青年経営者は駅前が寂しい、何とかして欲しいと市長に嘆願している。そこにも異論を挟んでしまった。

そのときも「駅前が寂しくたって良いじゃないか・・ヨ-ロッパに行けば森林公園のようなところはいくらでもある。
金太郎飴のように、駅前の風景が日本全国どこでもおなじでなくてもいいのではないか、駅前が森のほうがよっぽどいいと思う」と発言して俺はひんしゅくを買ってしまった。

会津の人口はじわじわ減り続けている。これから必要な事は小さくてよい町をつくる事ではないのかな、という意見は誰も持ち合わせていないようだ。

この前いつも行くあるショットバーでこの市長のブレーンだった男に会いこの話をしたら「そんな事言っていたら選挙で勝てない、ウソも方便よ」と開き直られた。

閉鎖系のコミュニティーはウソもばら色の夢に変える不思議な魅力に満ちている・・。


| 01.親父の「ぼやき」 05月22日 11:09 | コメント 1 通 |

- 価格に価値がある時代(7)

天狗舞
また蔵が消えた。ここ数年いったい会津では、いくつの蔵が消えたのだろう・・お酒が本当に売れないのだと言う。

私の実家も酒蔵で、もう20年も前に廃業した。今から十年程前に埼玉の郊外で今で言う酒のディスカウンターに寄ったら、会津の大手蔵の酒が投げ売りされるような価格で売られているをの見て衝撃を受けた。

しかも10本買うと1本オマケとまで書いてあった。それを見てなんでこんな事になってしまうんだろうと考えた。

奥には新潟の久保田や他の酒がディスカウンターにも拘らずプレミアを付けて売られていた。何に問題があるのか深刻に考えさせられてしまった。

無尽のような閉鎖系のコミニティーでは誰も本当のことを言わないし、住民は気づいてさえもいないことが後でわかってきた。昔会津に入る中山峠のところに「ここより会津酒の郷」と言う大きな看板があった。正直俺は恥ずかしかった。

昨年まで近所の蔵があった場所は整地されて分譲地に変身している。昨晩消えてしまった蔵の20年古酒をお客様に飲ませていただいた。飲みながら自分の実家に残されていた古酒を飲んだ記憶がよみがえって来た。何だか悲しくなった。

いい酒を提供してくる各地の蔵を訪問して、経営者の方の品格がいいことにいつも感心する。酒を飲んだだけで経営者の人柄がなんとなくわかるような気もする。

何とかしようとして、蔵で様々なイベントを行うのもいいし、あらゆる分野の酒を全面展開するのも結構だが、しかし酒販店と本当に良い関係を末長く築こうとする姿勢がこの品格の部分に出てくる。それは酒の質にも影響するような気がする。

いい蔵は万石を造っている蔵でさえ、営業が一人も居ない所さえあるから驚きだ。

私と同世代の団塊の世代の会津の社長さんたちと話をしていると、最近何となく「頭が古いな~」と感じる事が多くなってきた。気のせいだろうか。なにかバブルの頃の匂いがするのが気になる。

そんな中でも、会津でも私たちより年下の30~40代の経営者が意外に新鮮な提案をしてくる。彼らに期待したい。


| 01.親父の「ぼやき」 05月20日 17:28 | コメント 1 通 |

- 価格に価値がある時代(6)

乾杯
店舗の移転は多くのことをきづかせてくれた。様々なマスコミに取り上げられ、居酒屋の本の表紙にまでなった旧店舗を惜しむ声は多かったが、あのお店の雰囲気が好きでお客様は来ているのだとばかり思っていたらそうでもないと気づいた。

移転したらそのままお客様はこの店に来てくれるではないか。お客様とのご縁の不思議さに驚いてしまっている。

県外から多い人で年に 数回、中には毎月のように来る人さえいる。目的はそれも籠太で飲む事だと言う。

何と言う事だろう・・宿代を払い籠太に来たくなるという話には涙が出る。

ある人に言われた事がある。「もしかしたら私たちは親父さんたちの生き方に共感しているのかもしれない。」何とも有難い褒め言葉ではないか。

楽しそうに仕事をしている顔を見たくて来ているんですとも言ってくれた。

そういえば、隣町にある知り合いの居酒屋に行った時だ。お客様に向かい、住んでいる町の行政の悪口から始まり、自分の仕事のうまく行かない事をうっぷんでも晴らすかのようにしゃべりまくっているマスターの姿が気になった。

俺はあんな事をしてはいけないと肝に命じた。価格に価値がある時代、商いをしている人の生き様に価値がなければもしかしたらもう生き残れないのかもしれない。

何を持って幸せだと思うのか、とても大切になってきたような気がする。


| 01.親父の「ぼやき」 05月15日 11:03 | コメント 4 通 |

- 価格に価値がある時代(5)

少年
会津人の志
もう十数年前になるだろうか、まだ小さかった子供を連れて飯盛山に行った。

爺さんから「飯盛山には一族の少年が祭られている」と言う話は聞いていた。飯盛山から少年たちが自刃した場所から市内を眺めていると少年たちが守りたかったものを想い涙が出て止まらなかった。

私の子供は不思議そうにそんな私の顔を覗き込んでいた。なぜ涙が出てきたのか。この子たちにもいづれ分かる時が来る。そう想いながら飯盛山を後にした。

この少年たちが本当に守りたかった会津、いったいそれはなんだったんだろう・・その事が自分の中に長い間、課題として残っている。

これからの会津には本当の求められるものは何なのか、その事を考え続けている。

だからこそ、小さな閉鎖系のコミニティー夜な夜な集い、人の悪口と悪い噂を酒の肴に酒を飲んでいる姿に吐き気を催すほど嫌悪感を感じてきた。

こんな姿が会津人の本当の姿ではない。美しい会津の自然、歴史ある伝統と文化、今の会津人にはそれを誇りと思い守り育てようとする心、気概も志も残念ながら少ないような気がする。そう思うのは私だけだろうか・・・。


| 01.親父の「ぼやき」 05月06日 11:46 | コメント 3 通 |

- 価格に価値がある時代(4)

籠太の昔
近頃閉店間際に近所の居酒屋の親父さんが同業者とおぼしき人たちを連れてよく飲みに来ていた。

話題は最近駅前に進出してきた東京のチェーン店系の居酒屋のこと。「いやマスター、暇になったよ」「参ったな~、おまけに景気は悪いし・・」「仕方がないからうちはリニューアルすることにしたよ・・」「おれの店も負けてはいられない、飲み放題をやることにした」それぞれに熱くなって語り合っている。

「マスターの店は入っているね~」「うちもたいした事ないすよ・・」そんな会話を交わす。そういえば、特に最近気にはなっていたが、閉店する居酒屋が増えてきたようだ。

価格に価値がある時代、多くのお客様は安くて量が多い方に流れる。よほど料理やサービスが勝ってない限り、勝てないだろうと思う。

それとマスターの人間力も大きいような気がする。喉まで出掛かっていてもいつも言うのをやめる。でもこう言いたい、同じ土俵で相撲を取ったら負けよ。その店の独自能力がどのようなものなのか、そこが問題なのに、努力する場所を間違っているような気がする。


リニューアルしたり、新商品を作るのもいい。飲み放題も結構。でもそんな「20世紀手法」で勝てますか?おそらく勝てないと思う。そんな事をいつも言っていたマスターのお店も、最近姿が見えないと思ったら先月閉店していた。いつも思う、どう説明すればいいんだろう・・