アスパラがでた。いい物がわかるというのはそれだけでとんでもない事だと思った。この前板前らしき男が三人カウンターで酒を飲んでいた。中の一人が私を知っているらしく妙に気を使う。しゃべったこともない男に「親方」なんて呼ばれて気色が悪いたらありゃしない。昔、調理師会の会合なんかで顔を見かけたことがあるのかも知れない。しかしこんな柄の悪いのに親方なんてよばれたくない。そのうちにこの巻き舌でしゃべる板前らしき男に清ちゃんのアスパラを生で食わしてみた。しばらくしておまえさんこのアスパラの味わかるかと聞いたら「きょとん」としている。「これアスパラでしょ」。「そうだアスパラだ」。
このアスパラの味がわかるかと聞いているんだがどうもわからないらしい。全く、こんな野郎が多い世界から足を洗って何年になるだろうか。つまらない世界に嫌気がさしてしまったというのが正直なところだ。業界の中に浸っていると自分の中に定型句をつくってしまう。刺身はこうあらねばならない、煮物はこうあるのが当然だ、そんなプロの作る料理に興味がわかなくなった。そんな世界はもう相手にされたくもしたくもない。
それから素朴で物本来の味を活かした、心の琴線に触れるような料理を作ってみたいと願ってきた。物には物の味がある、人には人の味がある。ああ、こんな味があったのか、こんな世界があったのかと感動を求めてこれからも漂流していきたい。
この前カウンターに座っていた、白髪の品のいいおばあちゃん。手招きをするので顔を近づけたら「親父さん、醤油も塩も、オイルもいい物をお使いですね~」ときた。隣で娘とおぼしき人がニコニコしてる。巻き舌のあのちんぴら板前より、こちらの方が本物だ。こんな人の料理食ってみたい。